たまたまつけていたTVが ”美の巨人” だったんだけどさ
はい
すんごい人に出会ったよ
『老いて輝く。60代までは修業、70代でデビュー、100歳現役』
小倉遊亀さんというとこの方ですよね
小倉遊亀(おぐらゆうき)(1895年3月1日~2000年7月23日)女流日本画家。
日本美術院の画家安田靭彦の門を叩き、岡倉天心、横山大観らの先輩、後輩と深い絆を結ぶ。
70歳代で「径」「舞妓」「姉妹」などの代表作を発表、80代では「天武天皇」などの歴史
肖像画の傑作を描いた。上村松園に次いで女性画家としては2人目となる文化勲章を受章。
そうそうこの方。スマホをいじりながら横耳で聞いていたんだけど「ん!?」ってなった言葉が聞こえたから一気に興味が惹かれたんだ。それがこれ
自分を捨てきることは、全部を得ることなんです
人というのはどうしても物事を側面でしか理解しようとしません
この、捨てると得る、という言葉こそ基本であり全てだと思います
なぜなら人というのは基本的に、捨てる=失う、ということばかりに目が行くと思います
だから捨てたくない、失いたくない、という心に縛られてしまう
でも実際は違います
捨てると拾えます、失うと得られるのです
捨て続けることも、失い続けることも、逆に得られ続けることもないのです。
遊亀さんはこのような言葉も残してくれています
『生きるということは、人さまのために 己れを捨てることである。没我の精神とは愛に他ならない。生きるとは愛の実行に他ならない』
愛という言葉に抵抗がない方はこの言葉がすんなり自分の心に入ってくるのではないでしょうか??
例えば料理の最大の調味料は愛情っていいますが私なりのその愛情の定義をご紹介しますね
それは ”手間” です。
料理というのは手間をかければかけるほど美味しくなります。
何時間も前から下味をつけたり、調味料の調合により何日も前から準備したり、素材を熟成させたりね
手間というのは時間がかかるんですよ
つまりそこに相手を想う気持ちがなければ到底やってられないことなんです。この忙しいご時世でもありますしね
だから私は ”手間=愛情” だと思っています
ここに、「面倒だから」「忙しい」「しんどい」などの ”己” の部分が出てしまったら、、、というお話しです。
別に手間をかけていないから愛情が無い、とはいいません。己を出すことが悪い事とも言いません。
一つそういう考え方もあると知ってもらえたらそれでいいと思います
一方で、愛などという言葉がそんなに好きじゃないという方はこのような考え方はどうでしょう??
世の理というのは表裏一体です。先ほどの言葉のように「得る」ことと「失う」ことは別々のものではなく、一体なのです。
気づいていないだけで、この理は必ず発動しています。
例えば、働く時間を倍にして給料が倍になったが、遊ぶ時間が無くなった、とかね(笑)
そしてあなた自身に起こる事象から世界や世間に目を向けると同じ事が起こっています。
例えば賭け事において、あなたが損をしたら誰かが得をしているのです。その逆も然りです
世界の総和を見れば実際はプラスマイナス0なのです(※実際はその時その時にどちらかに傾いている)
嫌な言い方をしましょう
実際、今のあなたが不幸であるならば、その分他の誰かが幸福なのです。今のあなたが幸福であるならば、その分他の誰かが不幸なのです。
あなたが失いたくない、失いたくない、失いたくないって頑張っていたら、どこかの誰かは得たい得たい得たいって頑張っています。
そして誰かが何かを失った時に、その分誰かが得ることになるのです
だからこそ以下の事が言えるんです
・だから前向きに頑張っていこうよ。妬んだり嫉妬しているヒマなんかないよ?
・自分が幸福で、その分誰かが不幸なのは胸糞悪いよね?だから人の為に尽くして還元していこうよ
です。
それが愛の正体だったりすると、私は思います 🙂
ではもっと怖い話をしましょう
今日のあなたは ”生かされています”
その分、今日誰かが ”死ななくてはなりません”
生きるってなんでしょうね??
小倉遊亀さんの言葉集
「梅(の木)は何ひとつ怠けないで、一生懸命生きている。私も怠けていてはいけない」
「何ももたぬという人でも、天地のめぐみをいただいている」
「絵を描くことは坐禅と同じ、対象に宿る美しさを発見するためには無心に物を見る態度を養わなければならない」
「いいなと思った時はモノみな仏」
「のどかなり 願いなき身の 初詣」
「絵は一生の大事業である。思いつきや、面白さだけで出来るものではない。片時も心をはずすなである。時間を大切にしなくちゃプロにはなれない」
「だから、勉強は怠れないですね。こっちの目、レンズが死んだら駄目です。いつも磨いておかないと」
「まだダメ、まだダメ。こう思い続けているので年をとらないんですよ」
『老いて輝く。60代までは修業、70代でデビュー、100歳現役』
教育でも重要な遊亀さんの言葉
「人間というのは褒められるとそれにしがみついて、それより上には出られないものです。若い頃の私もそんなふうで、描けども描けどもこんなはずではないと思いながら、同じことに明けくれた時代がありました」
人を認め、褒めることは大切です。
しかしそれも過ぎれば毒となります。
小学生のうちに神童だの天才だのと褒めちぎり、潰されていった子たちは何人いるでしょう??
エースだの次世代の~なんてTVや何やらで担ぎ上げられ消えていった人たちは何人いるでしょう??
もし期待している子があるのならば褒めるところは褒め、ダメなところは厳しくしなければなりません。
教育や指導って難しいんですよ(笑)
他、美の巨人などで関連した言葉ピックアップ
あなたの絵は強い。一つの型ができている。生まれ変わりたいならこの型を破る事ですよ
遊亀さんが絵を描くことにスランプ状態であった時の師匠の言葉。彼女の「捨てると得る」の言葉の発端ともいえます
余白も一つの形。石も草も人もバカにはできません
これも表裏一体の言葉の一つ。
私、実は絵画の勉強をしていたことがあるのですが、余白の使い方ってかなり難しいんですよ(笑)
メインの絵というのは良き余白があってこそ映えるのであって、良き余白も良きメインがあってこそ映える。
メインだけが良くて余白が悪いという作品はない。
余白(=あなた以外の自然や対人)を大切にしなければ、メイン(=あなた)も輝くことは無いという感慨深い言葉です
自然は偉大。誰に頼まれるワケでもなくその時がきたら、その時の在り方で生きる。自分の役割を全うするのです
100歳こえてもまだまだ若輩者といっていた遊亀さん。生涯現役でした
金玉って凄い。無くてはならない大事なモノなのに股ぐらに隠れ邪魔をせず、威張りもせず。人も金玉のようになるまで修養を積まなくては面白くもなんともないよね
旦那様の小倉鉄樹さんの言葉。遊亀さんに大きな影響を与えた一人です
「私には絵の才能がないのでしょうか」
「そんなことは、あなたが死んでからあとの人の言うことです、生きている間に人の言うことはあてになりません」
遊亀さんが師匠に対して吐いた不安の言葉。それに対する師匠の言葉
一枚の葉っぱが手に入ったら、宇宙全体が手に入ります
同じく師匠の言葉
これも究極の表裏一体の言葉
小にして大、大にして小であり、実はこれが真実
人間の細胞の造りが、宇宙の構造と同じ、だと言われています(笑)
これを聞いてあなたは何を。そしてどう感じますか??
2000年に亡くなられているので比較的身近な方だよね
そうですね。こうやって調べてみるとスゴイ方ですよね
ほんと勉強になった。美の巨人を通じて彼女を知れたのは私の人生においても今後大きくなってくると思うよ